実家は資産か、負債か?親の「負動産」を相続しないための生前対策入門

暮らしと法律

はじめに

久しぶりに帰省した実家。

懐かしい柱の傷、少し色褪せた壁紙、そして、優しく迎えてくれる年老いた両親。

その温かい光景の一方で、あなたの心の隅に、こんな不安がよぎったことはありませんか?

「庭の手入れも、だんだん大変そうだな…」

「この家は、いつか自分たちの『資産』になるのだろうか。それとも、気づかぬうちに、家族を苦しめる『負債』に変わってしまっているのだろうか?」

これは、決して親不孝な考えではありません。

むしろ、親と自分の未来を、真剣に考えるからこそ生まれる、誠実な悩みです。

こんにちは。不動産と法律のライター、しおうです。

僕も、不動産と法律を学ぶ中で、「資産」のつもりが、気づけば家族の絆さえも壊しかねない、そんな「負動産」の問題を、数多く目にしてきました。

この記事では、目を背けがちなこの問題に光を当て、親子で笑顔の未来を迎えるための「生前の対策」について、順を追って解説していきます。


相続は「いいとこ取り」ができない、という残酷な現実

まず、大前提として知っておかなければならない、相続の絶対的なルールがあります。

それは、相続は「プラスの財産」も「マイナスの財産」も、すべてをワンセットで引き継ぐ『包括承継』であるということです。

「預貯金や株はもらうけど、親の借金やボロボロの実家はいらない」…なんていう“いいとこ取り”は、残念ながら、できないのです。

  • プラスの財産: 預貯金、有価証券、価値のある不動産など
  • マイナスの財産: 借金、住宅ローン、未払いの税金、誰かの連帯保証人になっている地位など

そして、一見プラスに見える「実家」も、「売ろうにも買い手がつかない」「維持管理費や税金が、資産価値を上回る」といった状態であれば、それはもう立派な「マイナスの財産」=『負動産』なのです。


相続が起きてしまった後の「緊急脱出ボタン」

もし、対策を立てる前に相続が起きてしまったら、どうすればいいのでしょうか。

法律は、私たちに2つの「緊急脱出ボタン」を用意してくれています。

  • ① 相続放棄|すべてを捨てる覚悟
    相続の開始を知った時から「3ヶ月以内」に家庭裁判所に申述すれば、相続人でなかったことになり、プラスもマイナスも一切引き継がなくて済みます。明らかに借金の方が多い場合の、最もシンプルで強力な選択肢です。
  • ② 限定承認|プラスの範囲内で精算する
    「借金があるか分からない」という場合に有効な方法です。引き継いだプラスの財産の範囲内でのみ借金を返済し、もし余りが出ればそれをもらえる、という制度です。ただし、手続きが非常に複雑なため、利用されるケースは稀です。

これらは、あくまで最後の手段。本当の解決策は、もっと前にあります。


本当の解決策は「生前対策」という名の“親孝行”にある

親子関係が良好なうちに、将来の問題の芽を摘んでおくこと。

それこそが、最高の相続対策であり、僕は、新しい形の「親孝行」だと思っています。

STEP 1:勇気を出して、親子で話す

これが一番ハードルが高いかもしれません。「お金の話なんて…」と親に思われたらどうしよう。その気持ち、痛いほど分かります。

切り出す時のコツは、主語を「私」にすることです。「“私が”将来困らないように」「“私が”安心したいから」という形で、「自分のためにも、一度、家のことを整理しておかない?」と提案してみてください。「親の財産を当てにしている」のではなく、「親のこと『で』心配している」という気持ちが伝われば、きっと耳を傾けてくれるはずです。

STEP 2:財産の「棚卸し」をする

話し合いの機会が持てたら、親子で一緒に財産の「見える化」をしましょう。「通帳はどこ?」「ローンは終わった?」といった情報を一枚の紙にまとめておくだけで、いざという時の手続きが、驚くほどスムーズになります。

STEP 3:不動産の“本当の価値”を調べる

固定資産税評価額ではなく、「今、実際にいくらで売れるのか」というリアルな市場価値を知ることが重要です。不動産会社に依頼すれば、多くの場合「無料査定」をしてもらえます。その査定額と、年間の維持費を天秤にかけ、本当に「資産」と言えるのかを、客観的に判断します。

STEP 4:必要なら「生前処分」という選択

もし、実家が明らかに『負動産』だと分かったら。親が元気で、判断能力がしっかりしているうちに、その家を売却してしまうのも、非常に賢明な選択肢です。その資金を元手に、より暮らしやすい場所へ移り住む、というポジティブな未来を描くこともできます。

STEP 5:「遺言書」という名の、最後のラブレター

たとえ財産がプラスでも、遺言書がなければ、きょうだい間で争いが起きる可能性があります。親が、自らの意思で財産の分け方を決め、それを法的な効力のある書面として遺しておくこと。それは、残される家族への「争いをせず、仲良く暮らしなさい」という、最後のラブレターなのだと、僕は思います。


まとめ:それは、未来の家族を守るための「愛情表現」

親の家の資産価値を調べたり、生前の対策について話し合ったりすることは、一見すると、お金にがめつい、冷たい行為に思えるかもしれません。

しかし、全く逆です。

問題を先送りせず、親子で正面から向き合うこと。

それは、親が遺してくれた大切な思い出や、きょうだい間の絆を、未来永劫守り抜くための、最も誠実で、思慮深い「愛情表現」なのです。

その一歩を踏み出す勇気が、未来のあなたの家族を、計り知れないトラブルから救う、最大の「資産」になります。


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